村のみんなからきらわれていた二人のなまけ者が、ある日をさかいに働き者へと生まれ変わり、人びとから好かれるようになりました。そのきっかけとなったのは、一本のかしの木。二人には、かしの木の下で一体なにがあったのでしょう?
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どこから流れきたかなまけ者のわか者二人が、荘山田村(そうやまだむら)の「呉(くれ)の市」に住みつき、村人のきらわれ者となりました。毎日酒をのみけんかをしかけふきんをあらしまわっていたこの二人が、ある日一本のかしの木の下で、「金がほしい」など話し合っていました。
その時、黄金色づいたかしの葉が二、三枚ひらひらと落ちてきました。それを見た二人は期せずしてこう言いました。「お金をためる競争をしよう」。かしの大木をあおぎ見て「来年、この木が落葉してはだか木になったとき、ここでさいふの重さをくらべよう」。
はじめて天をあおぎ見た二人の目は、いようにかがやいていました。
山と海に別れた二人。山に登ったわか者は灰ヶ峰(はいがみね)でじゅもくの古かぶを掘り起こしては、たきぎにして呉の市にかしぐのです。海に出たわか者は呉の海で漁にはげみました。
きらわれ者がうらの人気者となりました。さいふの重さは日々にまします。その楽しみは働く楽しみを生みました。
年が明け、花さく春がすぎ、えん暑(しょ)の夏も去り、かり渡る秋が来ました。ばん秋の晴れたある日、二人は約束のかしの木の元に顔をあわせましたが、そのかしはこい緑の葉の中に二、三枚の黄葉をつけただけでした。はだか木になるだろう翌年を約してふたたび別れました。
年へるにつれさいふの重さは加わりましたが、かしの木はいつの年もじょう緑(りょく)でした。持ち運びできなくなったさいふが、土地にかえられ、船に変わりました。うら人たちはあんなかたぎな男はめずらしいとひょうばんしました。
二人は、あの最初の約束を結んだ木を「かたぎ」と名づけ、毎年一度は緑したたるこの木の下に会して、よもやまの語らいを続けたといいます。
著作/久保田 利数(郷土史研究家)(敬称略)
ポイント
木には、人の心をおだやかにリラックスさせるはたらきがあります。また、思い出の木や記念の木のそんざいも、私たちの心に大きなえいきょうを与えます。ぜひあなたにとって大切な木をさがしてみて、その木が自分にとってどんなに大切かを考えてみましょう。またストーリーのおもしろさとしては、ふたりの男はカシがじょう緑の木だということを知らなかったために、働きつづけてお金をたくさん持つようになった、ということもありますね。
よもやま民話にまつわるエピソード
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広島県『かたぎの話』について
このお話に出てくる「かしの木」は、どんぐりができる木としておなじみです。








