あるお寺に並んで立っていた二本のいちょうの木。「二本もあるから一本は切ってしまおう」と決めた弥助が、その晩に見てしまったものとは...?
読んでみよう

むかしのこっちゃ。ある古びたお寺のそばに、おおきないちょうの木が二本、なかようならんで立ってたんや。ある日のこと、落ち葉をはいていたおしょうさんに、弥助(やすけ)が話しかけた。
「おしょうはん、落ち葉かきでっか。毎日ぎょうさんの葉っぱが落ちよって、なんぎなことでんな」
「ああ、弥助はんか。ほんまにどんだけ落ちたらはだかになることやら」
二人はそう言いながら、黄色い葉をいっぱいつけた二本のいちょうの木を見上げたんや。
「この木もおっきなって、えだが屋根をつきやぶりそうでんなァ。もう一本、負けんくらい大きなめすの木があることやし、どうでっしゃろなおしょうはん、切ってしもたら」
「そやなー、こんだけ見事な木やからなー、もったいない気ィもするな・・・・」
と、おしょうさんは言葉をにごしたんやけど、気の早い弥助は村のしゅうに相談し、切ることを決めてしもた。
その夜、弥助が寺の前を通りかかると、中からひそひそと話す声がしたんや。門の中をのぞくと、いちょうの木のそばに二つの人かげが見えた。暗ろうて顔は見えんけど、しまとかすりの着物がはっきり見える。
「いよいよわたしは切りたおされてしまう。わたしのいのちもこれまで。お前だけでも達者で生きのびておくれ」
「いいえ、わたし一人ではもう生きる力もありません。ひどい日照りの夏も、すさまじいあらしの中でも、土の下の根っこであなたとしっかりからまりあっていたからこそ、がんばれたのです。それなのに・・・・」
と、すすり泣く声に、弥助は、ふしぎに思って近づくと、二人のすがたはいちょうにすいこまれてしもた。
ぞっとして寺の門をとび出した弥助は、酒屋へ走りこんだ。酒屋にいた人々は「そんなアホな」と言いながら、寺へやって来た。すると、そこにしまの着物の女が、木のはだに顔をふせて泣いてるんや。おどろいて声をかけようとすると、
「切らないで、どうぞこの木を切らないで」
と、ささやくように言い、木のかげに消えてしもた。みんなは悲しそうな女の声が耳についてはなれへん。
「ありゃ木のせいや。めおといちょうやったんや。一本だけ切りたおしたらかわいそうやんか」
「わしらの生まれる何百年も前から、ここに仲良う立っとったんやろからなァ」
「お寺の屋根は、おしょうさんにたのんで、ひさしの方をちょっと切ってもらおか」
「そやそや、それがええ。あしたの朝早ようみんなでたのみに行こ」
次の年の秋。いちょうの木は今までにないくらいきれいに色づき、ギンナンもたわわに実った。畑仕事をしている村のしゅうもしばしば手を休めては、遠くに仲良うならんでるいちょうを見てまんぞくげやった。夕日を受けてかがやいてる大きな二本のいちょうは、そりゃ何とも言えんほど、見事なもんやったで。
(注 この話は若松町の光盛寺に伝わるものである。)
協力/富田林民話研究クラブ・冨永 清子(敬称略)
ポイント
木にもいのちがあります。しかし、動物のように鳴いたりにげたりせず、じっと立っているだけです。わたしたち人間が、切る必要がある木、必要がない木をきちんと考えてあげることがとても大切なのです。








