ご飯をよそうしゃもじは、形がなまずににています。その理由が語られた民話です。人も生きものも助け合ってくらしていたことが伝わってくる、ほのぼのとしたお話を楽しんでください。
- 民話の舞台
- 栃木県巴波川流域
- かたりべ
- 町田佳子さん
- 収録地
- 栃木県岩舟町
- 収録日
- 2008年11月9日
- 協力
- NPO法人渡良瀬エコビレッジ
- 再生時間
- 3分19秒
読んでみよう

雨がしばらくふらないときがありました。小川の水がひあがって、わずかなたまり水が残っているところに、大きいなまずが一ぴき、身動きもできないで弱っていました。
そこを通りかかったお百しょうさんがそれをつかまえましたが、小さいまるい点みたいな目がとても悲しそうだったので、見ているウチにかわいそうになって、せっかくつかまえたなまずを、うずま川へ放してやりました。
それからしばらくたったある大水のとき、そのお百しょうさんの子どもがうずま川の中へ落ちて、おぼれかかったことがありました。そのとき、なまずがたくさんよってきて、その子どもをわっしょわっしょとおかの上におしあげてくれました。
「飯もりしゃもじが、なまずさんみてえなかっこうをしてんのは、このなまずに子どもが助けられた恩(おん)をわすれねえためにつくったもんさ」と年よりたちは言っています。
このお話のほか、日照りが続いて川の水がかれたとき、水たまりで苦しんでいた一ぴきのナマズを見つけたお百さんがうずま川に放してやったら、にわかに雨がふり出して田畑がうるおったという民話も伝えられています。
ポイント
なまずは人間がつくりだした用水路や、田んぼなでくらしていました。そのなまずも今ではかなり数がへっています。その原いんはかせんのかいしゅうなどより、産らんしたりかくれたりする場所がへってしまったことにあると言われています。この民話が生まれた時代のように、わたしたちはいま残っている生きものたちと、かれらが生きられる場所を大切にしていきたいですね。
写真館民話のふるさとを写真でみてみよう
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栃木市内にあった昔の巴波川(うずまがわ)の様子がきざまれたせきひ
江戸時代の末期から昭和初期かけて、江戸川にもつながっている巴波川(うずまがわ)ではふねによる輸送が発達し、東京、埼玉、千葉、茨城などに物しを運ぶきょ点になった歴史があります。そのころにたくさんのくらが建てられ、その一部が今も残っているそうです。
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巴波川(うずまがわ)のげん流は、谷倉山(標高599m)と三みね山(標高605m)という山。栃木市内を流れた後、渡良瀬(わたらせ)遊水池で渡良瀬川に合流しています。町中なのにとてもきれいな川でした。
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左の建物は塚田歴史伝説館です。もともとは木材の問屋で、江戸深川の木場までふねにより木材を運んでいたそうです。 八つの白かべの土ぞうがならび、栃木市を代表する景色になっています。
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幸来橋の横、塚田歴史伝説館のそばに、民話のブロンズぞうがありました。その横には民話のかい説も書かれていました。








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