突然、目の前にあらわれたさむらいたちに神さまにそなえる鏡もちを食べられてしまった村人たち。二度と同じ思いをしたくないと思った村人たちが決めたことは?最大のかんきょうはかいとも言える戦いをきらった村人たちの思いが伝わってくるお話です。
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大むかしから大自然のめぐみへの感しゃをわすれずくらしてきた小松の里には、正月前のうしの日、夜明けと同時にもちをつきはじめる「カワタリ」とよばれる風習があった。カワタリは1年間の無事にかんしゃし、来年もまた明るくよい年であるようにとの願いをこめた行事だ。
戦国時代のある年、いつもの年のようにカワタリが始まった。「そーれ」の声に合わせてわかいしゅうがいきおいよくきねを持ち上げる。どっこいしょとふり下ろす間に、母ちゃんがうすの中をかき回した。
その時、秋光川(あきみつがわ)の対岸のアシがざわざわとゆれて、十数人のひげづらの男がすがたをあらわした。みんなよろいを着ていて、手にはやりや刀を持っている。つわものどもはわれ先にと川をわたってきて、つきあがったばかりのもちに食らいついた。それでも足りなくて、うすの中にあったつきかけのものや、たきかけのもち米まで平らげてしまった。満ぷくになるとかれらは、死んだようにだらしなくヘソをてんじょうに向けてねむりこんでしまった。
里の人たちは「こまったもんだ、これじゃ小松に正月がこねえ」となげいた。
お天道さまが真上に差しかかるころ、着ているよろいが一番重そうなぶしょう風の男が目を覚ました。
「生きている、わしらは生きている」
とつぜん大声でさけんだものだから、他の連中もいっせいに体を起こした。
「まだまだ、えんまさまが来ちゃいかんと言っているんだろう」
手を取り合って喜んでいるつわものたちに、しょう屋の鳥八と村のしゅうがおそるおそる近づくと、ぶしょう風の男は鳥八に「少しものをたずねるが、ここはどこじゃ?」と聞いた。
「ここは小松村ですが、それよりおさむらいさまがたは、どういうわけでこちらへ?」
ぶしょう風の男にもやっと理由がわかってきたらしい。
「あいすまぬ。昨夜から何も食っておらなかったゆえ、そなたらがついたもちをみんな食べてしまった」
いざえもんと名乗るぶしょうがすなおに頭を下げた。
「戦でしろを取り囲まれたとのの言いつけで、われらは昨夜、しろをぬけ出した。そのとき50人いた家来も今ではここにいる13人だけだ」
「残りの方はどうなさいましたので?」と、鳥八。
「しろを出てすぐてきに見つかり、うち死にだ」と話す、いざえもんの口元はくやしさでふるえていた。
やがていざえもんらが去って、小松の里がまた静けさを取りもどした。
「これからあのさむらいさんたちはどうなるのかね?」
「さあな、それより今年のカワタリをどうするか?」
「もう、もち米も残っちゃいないし...」
里人にとって、おしろのとのさまや戦のゆくえより、新年をむかえて神さまにそなえる鏡もちがつくれないことのほうが心配のようだ。
結局、小松の里は戦のあおりを食って、カワタリのないさびしい年末年始をすごすことになった。
「この世の中、人間がおるかぎり戦がたえることはなか。はらをすかした兵は、またもやカワタリの時こくにあらわれて、もちをみんな食べてしまうにちがいない」
しょう屋の鳥八がゆううつそうにつぶやいた。
「それなら、どうしたらいいんだか?」
里人は、お世話になっている神さまに、来年こそは何としても鏡もちをそなえたいと真けんに考えている。
「それじゃあ、これからのカワタリは、朝じゃなくて夜にやろう」
一同、力なくうなずいた。
「そんなにしょげることはないよ。朝の来ない夜はないからね。来年はせい大に、しかも静かに、カワタリをやろう」
鳥八のおどけた調子に、今度は男も女も大笑い。それからである。カワタリが朝から夜に変わったのは。そこで小松のもちつきを「よいのカワタリ」と言うようになった。
このようにカタワリが朝からよいの行事に変わったのは、「戦争はいやだ、平和がいい」とうったえる里人の悲つうな願いがこめられたものだったのだ。しかし、夜にもちをつくそぼくな風習もげん代では通用しなくなった。
ことば
- うしの日
月の満ち欠けをきじゅんとしたこよみでは、12月のことをうし(丑)と言います。ここでは12月のある日という意味です。
- アシ
イネの仲間の植物で、水辺で育ちます。
- つわもの
ぶきを持って戦う人
- ぶしょう
ぶしたちの中で一番えらい人
- お天道(てんとう)さま
太陽のこと。
ポイント
このお話は日本の国の中で戦いがくり返されていた時代のものです。世界の各地で戦争やふん争がおきたり、かんきょうはかいがひどくなっている今こそ、小松の里の人々の平和を愛する心を見習いたいものですね。








