熊本県『阿蘇山にたずさわる話』について
取材日記
このお話を選んでくれた阿蘇たにびと博物館の梶原宏之さんは、阿蘇のことなら何でも知っているこの地域の民俗学の専門家です。建物の中にある博物館ではなく、阿蘇の自然すべてが1つの博物館だという大きなスケールで活動をされていて、「世界一小さなオフィスと世界一大きな展示スペース」が自慢だとお話しされていました。梶原さんにお願いして阿蘇を旅行したら何百倍も楽しくなりそうです。

その時にぜひ立ち寄って欲しいのが、この民話を読んで下さった本田ミツ子さんがいらっしゃる「高森田楽保存会」です。この地域に伝わる「田楽(でんがく)」という伝統的な料理を130年以上にわたって今に伝えているところです。かつては阿蘇山の火山灰がたびたび降りつもり、野菜作りがむずかしく貧しかったこの地域ですが、それでも育つじょうぶな野菜をえらび、それを地元の農家に作ってもらい、それらを使って料理をする...というシステムを作り上げました。これは、エコロジーや食べものの問題をかかえる現代社会のお手本になるものです。
その2
火山のふん火というのは、その土地の人でないと分からないくらい、地域の産業や生活に被害を与えます。たくさんの火山灰が振ると、田んぼや畑の作物はだめになってしまうし、牛や馬が食べる飼料もダメになってしまって歯がガタガタになるそうです。ですから、人びとは山を恐れ多いものとして敬い、山を信じる心が育っていったのです。
昭和の頃までは、阿蘇山はほぼ10年に一度はふん火をしていました。その昔は、世の中に悪いことが起きる時には、阿蘇山のふん火があると信じられていたので、ふん火があると、ばく府に知らせが届き、とくべつにお金を貰って、ふん火をしずめるための儀式が行われたそうです。

その3
阿蘇山の山頂近くにあるロープウェイ乗り場のそばに神社があって、そこには「左京ヶ橋」という橋についてのこんな話が書かれています。
この地域では、お嫁さんがやって来ると、その清らかさをためすためにこの左京ヶ橋を渡らせる...そんなことに使われている橋でした。
ある時、一人のさむらいがこの橋を渡ろうとしたところ、小さなヘビがその前を横切ったため、ぶれい者だときり捨ててしまいました。するとそのヘビは、竜へとすがたを変えて天へのぼっていってしまいました。ところがその後、さむらいは早死にしてしまい、この橋を渡ろうとする人びとも、大ヘビが行く手をはばむなどのわざわいが続いたと言われています。
協力者・関係者
- 阿蘇たにびと博物館
- http://www.tanibito.com/indexja.html







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