静岡県『なみこぞう』について
語り部・加茂 徳明さんによる解説
この民話が生まれた背景には、自然の不思議な力が隠されています。遠州灘(静岡県西部の太平洋岸沖)の波の音は、海岸から離れるとある一定の方向から、ドオッー と聞こえてきて、その方向が日によって異なるのです。昔はこの音が遠く離れた内陸部まで聞こえてきていました。遠州の人々は、この音がどの方角からどのように聞こえてくるかによって、天気を予想し、それをなみこぞうが教えてくれたものとして、ずっと昔から言い伝えてきたのです。
波の音が、西南方から聞こえてくる場合は晴れ、東南方から聞こえる場合は雨。東から聞こえてくると嵐。また、東に聞こえても音が低いときは晴れ、高くて耳障りのするときは、近日中に雨になるといいます。子どもの頃、内陸部に住んでいた私はこの音を確かに聞いていました。

さて、この民話に出てくる親指ほどのなみこぞうとは、いったい何なのでしょうか。こういった小さい者が主人公として登場してくる話をまとめて「小さ子話」といいます。よく知られている一寸法師の話などもこの中に入ります。佐渡には親指から生まれた豆ほどの豆助の話も伝わっています。これらの小さ子はもともと自然界から人間界にやってきて、人間に幸運をもたらす神、あるいは神の使者であると古い日本の人たちは考えていたのです。自然は私たち人間にいろいろな恵みをもたらしてくれます。このなみこぞうも人間に恵みをもたらす自然界からの使者だったわけです。昔の人は、自然がこのような使者を通して、私達人間に、自然と共に生きる道を示してくれると信じていたのです。それをこうしたお話しにして大切に育て、語りついできたのです。
ところで、そのなみこぞうは今どうなっているのでしょうか。昔から変わらないところにある私の家では今ではまったく波の音は聞こえてきません。聞こえてくるのは街のそう音とオートレース場のごう音ばかりです。では、もはやなみこぞうは存在しなくなってしまったのでしょうか。そんなことはありません。耳を澄ましてみましょう。そして、想像してみましょう。都会のざっとうを離れ、自然に近づけば近づくほど自然の声は聞こえてきます。波の音も、山の音も、虫たちの声も・・・。たとえばその中に、氷河のくずれて行く音が聞こえてきませんか。地球の温暖化によって氷河がどんどん崩れているのです。その結果、海の水位が上がり、陸地がどんどん無くなっていく・・・。氷河が崩れる音は地球の悲鳴です。今、自然界から聞こえてくる音は、全て人間界再生のために送られてくるメッセージなのです。私達はこのメッセージから、自然は何を人間に伝えようとしているか正確に聞き取る必要があります。ちょうど昔の遠州人がなみこぞうを通して自然の声に素直に耳を傾けたように。氷山の崩れ行く音を地球の悲鳴として受け止め、その対策をすみやかに実行に移すことができたとき、はじめてその音が、なみこぞうと同じように、人間に恵みをもたらす使者となるのではないでしょうか。

参考
この民話に描かれている海の音は、環境省が選んだ「残したい日本の音風景100選」に選ばれています。







